アナトリー・チェルカソフ写真展『自然における私の居場所』

アナトリー・チェルカソフ写真展『自然における私の居場所』

アナトリー・チェルカソフ写真展 『自然における私の居場所』

Anatoly Cherkasov : My Favorite Place in Nature

АНАТОЛИЙ  ЧЕРКАСОВ  “Где я в природе…”

Platinum Print /プラチナプリント作品50点展示

銀座ニコンサロン 2011.10.12.wed – 10.25.tue 10:30 − 18:30(last day 15:00)

Coordinate by Shin Yamazaki/Photo Classic

私が写真を始めたのは1950年代の初めのことだった。退職後、趣味の写真に専念しはじめ、理論や技術など、すべてを基礎から学んだ。私にとって、写真とは交流の手段である。最も大切にしたのは、自然や周囲の環境や人間に、できる限り近づくということであった。視覚的な写真がどのようにして触知性を持つのか。農民にとっては「審美的」といえない被写体のラインやシャープネス、奥行きなどの物質的、立体的な美しさを平面で表現するにはどうすればよいか。探し求めた末に、私はプラチナプリントを見いだした。撮影場所は主に生まれ故郷のウクライナとロシア、モスクワ近郊である。

現代の文化は、何に対しても事を急ぎ、現実から夢想の世界へと逃避する傾向が強くなっているように思う。しかし、プラチナプリントは誰かを急かすことがない。だからこそ、高貴なプロセスなのである。私は「純粋な芸術」である写像、そして美しさの物理的なディテールとの不思議な関係性に没頭しながら、写真家の道を一歩一歩、ゆっくりと進んでいる。(作者)

<略歴>

1935年、ウクライナ、ルハンシク地方デネジュニコヴォ村に生まれる。ドンバスの高校を卒業後、レニングラツキにて軍務につく。その後、炭坑で働き、1964年、ティミリヤーゼフ記念モスクワ農業大学卒業。卒業後、モスクワにて就職。経済学の研究者およびロシア連邦における農業経済の著名人として活躍した。現在、株式非公開会社Agrocomplex Gorki-2代表取締役。

<作者ステートメント(全文)>

私が写真を始めたのは1950年代の初めのことだった。作品は、地方紙や自分の職場が発行する社内誌に掲載していた。退職後は、趣味の写真に専念、すべて基礎から学ぶために展覧会に足を運び、理論や歴史も学び、優れた先人の作品やその技術、技法も研究した。私がプラチナプリントに興味を持ったのも自然な流れと言えるだろう。私にとって、写真とは交流の手段であった。写真を始めた当初から「純粋な芸術性」にはあまり興味がなく、初期の作品は「(農業経済)学者」という職業柄、目に映る周囲の様子をありのままに捉える傾向が強かったように思う。私は「農民」の視点に立って、家族、風景、村の生活、過酷な農業、仲間のポートレートなどを撮影した。これには、日々の生活に慎ましくのぞみ、大地を誇張することや大地への大仰な愛情を排除するという意味がある。

その一方で、素晴らしい作品をつくるためには心のぬくもりや人々の寛容さが欠かせなかった。 しかし、私が最も大切にしたのは、自然や周囲の環境や人間に、できる限り近づくということであった。視覚的な写真がどのようにして触知性を持つのか。農民にとっては「審美的」といえない被写体のラインやシャープネス、奥行きなどの物質的、立体的な美しさを平面で表現するにはどうすればよいか。探し求めた末に、私はプラチナプリントを見いだした。

プラチナプリントの真の愛好家は、その魅力を「高貴なプロセス」、「写真撮影術の女王」などと呼んだりする。 しかし、実際はプラチナプリントの愛好家は少なく、わずかしかいない。

そのプロセスが高価な上に、多くの技術を要するためだ。撮影開始の瞬間から現像に至るまでの自然性と清廉性、大きくてかさばる「伝統的な」カメラとの単純で身体的な接触、ブラシや紙を使用する人間の手による作業、現像後は注意深い観察が必要となる。そうして、できあがったプリントのグラデーションの幅、豊かな色調と深み、特徴である「三次元的」表現など、プラチナプリントのプロセスは、デジタル技術が意識的に排除されている。また色調のニュアンスを理解し、実在の物の深さを読み取る能力、そして「絵画的」性質と、被写体と構図という「現実」に対峙する写真技術の性質とを区別する能力なども必要になる。このように撮影者はある程度の技術を持っていなくてはならない。

旧来のプロセスと高い保存技術を守り、新しいことに挑戦するには、過去の歴史を振り返り、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・スタイケン、フレデリック・エヴァンス等、偉大な先人たちの伝統に学ぶ必要がある。 しかし、最も重要なことは、自然と自分自身との

つながりである。現代の文化は、何に対しても事を急ぎ、現実から夢想の世界やファンタジーへと逃避する傾向が強くなり、すべてのものに関して質の低下が著しいように思う。

私は写真家として活動しているが、まだすべてを学んではいない。例えば、現像を自分で行うようになったのは最近のことであるし、スタートラインに立ったばかりだと考えている。

しかし、プラチナプリントは誰かを急かすことがない。だからこそ、高貴なプロセスなのである。私は「純粋な芸術」である写像、そして美しさの物理的なディテールとの不思議な関係性に没頭しながら、写真家の道を一歩一歩、ゆっくりと進んでいる。

アナトリー・チェルカソフ

<プラチナプリントとは?>

1873年、イギリスのウィリアム・ウィリスが発明した印画法のひとつです。

ゼラチン・シルバー・プリントは銀の感光性を用いたものですが、プラチナ・プリントではプラチナ(白金)を用います。

版画用紙等に鉄塩とプラチナ化合物で作った感光剤を塗布し、ネガ画像を密着して焼き付け、有機酸で現像します。

プラチナを使用するため高価であり、また撮影から現像まで高い技術を要しますが、階調の幅が広く、品格ある美しさが特徴です。科学的安定度が高いため保存性にも極めて優れています。

<主な撮影機材>

Camara : K.B. CANHAM CAMERAS INC. 8х10 inch , 12х20 inch.

 Lens: Schneider /1100 mm, 550 mm, 210 mm, 150mm

 Films : ILFORD / HP 5