平井和穂 遺作展 “WAPO”

平井和穂 遺作展 “WAPO”

Kazuho Hirai Exhibition

平井和穂 遺作展 “WAPO”

●会期:2012年6月26日[火]—7月8日[日]

●13:00 -18:00 | 入場無料 | 7月2日[月]は休館

●会場:インスタイル・フォトグラフィー・センター

  〒106-0047 東京都港区南麻布 5-2-9 インスタイル南麻布ビルディング B1F

  (東京メトロ日比谷線[広尾駅]下車、3番出口より徒歩7分)

平井和穂(愛称、ワポ)はこれまでほとんど無名の作家です。アメリカ、フランスで語学や写真を学んだのち、1992年頃から写真のコラージュ作品を制作していました。しかし、彼は創作活動の最中、突然亡くなってしまいました。2001年、まだ39歳の若さでした。

彼は亡くなる10年ほど前から頻繁に、海外と日本を行き来していました。1993年1月、フランス滞在。2月、帰国。10月、アメリカ滞在。11月、帰国。1994年、アメリカ滞在。同月、帰国。5月、香港滞在。同月、帰国。5月、イギリス滞在。7月、アメリカ滞在、・・・・・まるで時空間の中に迷い込み、コンピューターの世界に没頭し、果てしない、気の遠くなるような作業の中で、彼は呼吸するのを忘れてしまったかのようでした。

彼が制作を続けていたアトリエと生活していた空間(生家)には今も20数点の作品がところ狭しと並んでいます。観る者が言葉を失い、息を飲むほどのエネルギーを発し続けて、その場に彼が居るような気持ちさえ起こさせます。ステンドグラスを思わせる鮮烈な色のひしめきあい、圧倒的なカーブの存在感、ピースの継ぎ目に溢れる情熱、すべてが※大サイズのフォトコラージュ作品に表れています。(※主な作品のサイズは、約90x90cmから160x160cm、90x180cmまでの大型作品です。)

生前には数点をグループ展に出展してきましたが、彼のアーティストとしての存在は今までほとんど知られていません。しかし、彼は30数点の大作と膨大な数の作品をパソコン上に作っていました。彼はいったい何のために作品を作り続けていたのでしょう。それらの作品は彼の自宅に眠りつづけ、今ようやく多くの人々と出会おうとしています。

昨年(2011年)には、ウィーンとクロアチアで小規模(10数点)な遺作展が行われましたが、今回は、遺作集の出版とともに未発表作品を含め、20余点の大作を一堂に展示するものです。

☆平井和穂 遺作作品集 特別頒布のお知らせ

この作品集は生誕50年の遺作展を記念して編集された私家版です。ご希望の方へ特別に頒布いたしますので、弊社フォトクラシックのメールでご注文ください。

特別頒布価格 ¥15,750 (税込み、送料別)

 Kazuho WAPO Hirai

【略歴】

1962年 11月14日、神奈川県藤沢市に平井家の長男として生まれる。

1967年 父の影響でクラシック音楽を聴きはじめ、両親と演奏会に通うようになる。

1969年 小学校入学。

1973年 4月より半年間シアトル郊外エドモンズ市立小学校に在学。

1974年 父のカメラで飛行機を撮影。

1975年 中学校入学。

1978年 神奈川県立湘南高校に入学。写真部に入部する。クラシック音楽に熱中しはじめる。

1979年 9月より1年間シアトル郊外エドモンズハイスクールに在学。

1982年 神奈川県立湘南高校を卒業。

1983年 日本大学芸術学部写真学科に入学。

1985年 自作写真集『憂鬱な酸素』発行。

1987年 日本大学芸術学部写真学科を卒業。自作写真集『Chaconne シャコンヌ』発行。

コマーシャルフォトスタジオ“Studio Tac”にて働きはじめる。(〜88年)

1988年 “湘南額装”にて働きはじめる。(〜89年)

1989年 日本大学大学院芸術学研究科修士課程修了。

フランス・ランス市滞在。ランス大学(フランス)語学留学。(〜90年)

1990年 “湘南額装”にてアルバイトを再開。(〜96年)

自作写真集『Concertina d’ hiver 冬のコンチェルティーノ』発行。

1991年 自作写真集『Inu de Mexico』発行。

1992年 この頃からコラージュ作品の制作をはじめる。

1995年 シアトル・パシフィック・ユニバーシティ(アメリカ)にて語学(英語)研修。

(〜96年)

1999年 アート・インスティテュート・オブ・シアトル(アメリカ)を首席にて卒業

フリーランスフォトグラファー、ウェブデザイナーとして活動。

2001年 12月、自宅アトリエにて作品制作中に、急性心不全にて死去。享年39歳。